円安報道

1ドル160円に向かって円安が続いている。これを受けてTVではGWの海外旅行者が円安で大変だというニュースをどのチャンネルでここぞとばかりに流している。旅行者にインタビューしたり、現地からレポートで2人のランチが4000円になる、といった視聴者の興味を引く話題を提供している。

少し気になるのは、円安要因とインフレ要因による価格差をまとめて全部円安のせいのようにレポートしているところだ。例えば、もし円安にならず今現在、仮に1ドル120円ぐらいだったとしても、アメリカのインフレのためにアメリカ物価は日本人にとって十分高くなっている。アメリカの地域によるが2023年7月現在のビッグマックの価格は5.5ドル(日本では450円)ぐらい。2010年のアメリカのビッグマックの価格が3.7ドル(日本では370円)ぐらいなので、アメリカでは過去20年ぐらいで50%のインフレになっている。現在もアメリカはウクライナ戦争後の急激なインフレ懸念が抜けていない状態ですので、まだアメリカ国内の物価は上がり続ける。一方、日本は過去20年デフレが続いていて、電車賃もずっと変わっていない。若い人には普通かもしれないが、1990年ぐらいにバブルが崩壊してデフレになる前は、2年に1回ぐらい春になるとバス代や電車賃が10円、20円上がっていた。つまり、バブル崩壊という重傷から日本経済がやっと快復して、歩けるようになったところということ。

2年ぐらい前に、イタリアやイギリスで電気料金が4倍ぐらいになった、レストランの価格が倍ぐらいになっていけなくなった、というニュースが流れていた。アメリカだけでなく、西欧諸国でこの2年間ぐらいで大幅なインフレが起きた。もともと西欧諸国はかつての日本と同じようにマイルドなインフレが続いている国で、さらに急激なインフレがおきた。最近の最低時給がアメリカでは16ドル、オーストラリアでは23豪ドル。これは日本の国力が衰退したという類の話ではなく、インフレで物価も賃金も上がっているだけのこと。もし現在の円安が起きてなかったとしても、アメリカ・オーストラリアの最低賃金は2000円ぐらいと日本の2倍だ。

もちろんこれに円安が掛け算で効いてくるので日本から海外に行く旅行者には痛手であることは間違いない。日本とアメリカのインフレの差から考えると、1ドル50円ぐらいにならないといけないが、為替レートはそう簡単には思い通りに動かない。前に書いたように、1ドル100円のとき日本で1個100円、アメリカで1個1ドルで売られていたそれぞれの自国産リンゴが、アメリカがインフレで1個2ドルにしたからといって、日本のリンゴの値段が急に200円になったりはしない。日本では100円で作れるのだから。かといって、それに合わせて1ドル50円になることもない。結局、為替で調整するのではなく日本でインフレが起きて、リンゴ1個200円になるように誘導するしかない。

日本は長い間デフレだったので幸い欧米のような急激なインフレの混乱が起きなった。さらに言えば、今はデフレ脱却の千載一遇のチャンスであり、日本で生活するすべての人はこの幸運に感謝すべきだが、日本国内で生活していると実感がわかないのはしかたない。日本の報道はもっと世界的な視点をもってもらいたい。井の中の蛙の感が強い。しかも、かつての日銀の異次元緩和批判のために現在の円安を利用しているケースも見受けられる。異次元緩和はデフレからの脱却のためにはあれしかなかったので、荒治療ではあったが日本経済の正常化策としては間違ってはいなかったと思う。GDPが世界3位から4位に転落したと悲観的になっている声もあるが、日本のような極東の小国が世界の3,4位の経済力を保っていること自体が世界の人から見ると驚きだ。惜しむらくは、日銀による国債の買い入れの縮小とマイナス金利の撤回・金利上昇を西欧と足並みを合わせて半年ぐらいは早くすべきだった。もし今現在、政策金利が1%ぐらいまで上昇していたとして、今後も状況を見て金利を引き上げていくと日銀がコメントしていれば、ドル円レートはもっと落ち着いていたように思う。もっと日本にインフレ・賃金上昇が定着してから金利を上げした方が効果的で安全、という経済専門家の声もあるが、日本人が海外旅行や海外留学できない、アジアを含む海外から留学生や優秀な技術者・研究員が来てくれない、逆に、日本の優秀な技術者・研究者が海外に流出するという現象がおきていて、国際競争力が大きく棄損している。例えばAI関係の日本人研究員は、比較的日本では手厚い待遇を与えられているが、それでも優秀な層はさらに倍の給与(=アメリカでは通常の給与)を提示されてアメリカのIT大手などに引き抜かれている。このあたりは経済指標に表れないので経済学的な視点だけで物事を見ていると間違った判断をしてしまう。だいたい、今日本はAI系の競争力をつけようとしているが、AIのそこそこ優秀なAI研究者を日本で雇いたいと本気で思うのなら、博士新卒で年俸2000万円以上、30代の若手なら年俸4000万円ぐらいは必要だ。現在の円安は良くない。現在のまま対策をとならいと1ドル200円で止まるかどうかもあやしい。前回書いたように、金利をゆっくり着実に上げながら、経済が落ち込まないような救済策を発動するしかないだろう。